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インターネッットに接続できず、メールを読めなかった

  • 2010/02/13 (土) 18:14

KDDIの相談センターに2回、東芝の相談センターに2回電話した。

インターネットに接続でき、メールが読めるようになった。

でも何か、変だ。

すべてがすごく遅い。

例外的に論じたことはありますが

  • 2010/02/12 (金) 00:34

某サイトのパス論議。

基本的には論じるべきではない。

少なくとも、わたしはコメントを控えるべきであろう。

個人的な趣味・嗜好の問題は、札幌のすすきので、尋ねてください。

まずいものを大量に、すばやく食せ

  • 2010/02/11 (木) 23:07

わたしの卒業した高校では、校庭で立ったまま、冷めきった弁当を、お茶も飲まずに、3分以内で食べるのが伝統であった。

一敗地にまみえたとはいえ、いつの日にか、かのマッカーサーを初め、あのアングロサクソンどもに、ひと泡吹かせるための教育であったのであろう。

まずいものを大量に食べる人々にはかなわない

  • 2010/02/11 (木) 22:32

ケベック、モントリオールの戦いで、なぜ、フランス軍は、イギリス軍に敗れたのか。

バンクーバーでの食事は超まずかった。ケベックでの食事は超おいしかった。

戦争は、兵士が超まずいものを大量に食べる軍が勝利するのである。

F1のレースでの燃料補給と同じである。いかに短時間で、兵士達に高タンパク、高カロリーの食事を食べさせるか。

常日ごろから、まずいものを大量に食べさせるべきなのである。

このアングロサクソン戦略が世界を制覇したのである。

中国人は冷たいものが苦手。フランス人はまずいものが苦手。日本人は脂っこいものがにがて。こんなことでは、世界制覇は絶対無理なのである。

飽きてきたので

  • 2010/02/11 (木) 19:01

翻訳を中断して、別の原稿を書く。

細かい問題を深く取り上げるのではなく、民法全体を広く見渡したものである。

まずいものを大量に食べる人々

  • 2010/02/11 (木) 08:24

オーストラリアの都会の街角で、ミニミニのステーキみたいなもの焼きながら、パンに挟んで売っていた。

肉が炭になる直前まで焼いていた。ウェルダン過ぎるだろうというものである。香辛料なし。

超安価、でも、超まずい。タンパク質の摂取としては、これでいいのかも。

ラグビー、超強いだろうなー。

なんで、こんなに焼くのですか。わたしの質問。

肉を安全に食べるためには、よく火を通さなくちゃ。オージーの答え。

いやー、面白い

  • 2010/02/10 (水) 12:42

ケベック民法の翻訳。

川の水流が変わり、新たに川中島が形成された場合の島の所有権がどうなるか、などということまで民法で規定しているとは、知らなかった。

ケベック留学時代、土地所有権のところを余り勉強しなかったせいであろう。

上の問題の答え。新しくできた川中島は、新しい水流で地面を削り取られた元の土地所有者のものになる。

ニューオーリンズ

  • 2010/02/09 (火) 06:55

わたしが、生まれて初めて訪れた合衆国の都市は、ニューオーリンズである。

カナダのケベック州に留学中に、初めて訪れたのが、ニューオーリンズである。同市のチューレン大学法科大学院比較法研究所を訪問したのであった。

その後も、何度か、同市を訪れた。大好きな街である。

一方で、ジャズ。他方で、フランス領、スペイン領であった頃の名残。

事務モードから研究モードへ

  • 2010/02/08 (月) 21:10

ひさしぶりに、ケベック民法典の翻訳をした。

易しい部分だということもあるのだろうか、1日で80か条程度翻訳した。怠惰なわたしとしては、まれにみるスピードである。

それでも余り、飽きないし、疲れない。

ここしばらく、ずっと事務モードであったからであろう。

しかし、翻訳モードが一週間も続くと飽きがきて、能率が落ちるのである。

バンクーバー

  • 2010/02/08 (月) 08:05

わたしが生まれて初めて訪れた外国の都市は、バンクーバーである。ケベック州のラバル大学に留学する際に、最初に着陸した土地なのである。

大阪空港から、エアーカナダ便で出発した。最初に着陸したのがバンクーバーであった。時差ボケ調整のために一泊したが、ひどい時差ボケであった。

今も覚えていることがいくつかある。

空港で、お菓子を食べたが、その味のまずかったことと、分量が多かったこと。まずいものを大量に食べる人たちなのだと覚悟した。アングロサクソンは、まずいものを大量に食べる人達なのだという印象が刷り込まれた。

バンクーバーの空港では、だれもフランス語なんか話せなかった。

ホテルに一泊しただけで、翌日、ケベックへ。タクシー代を節約するために、他の夫婦と一緒に空港まで一緒のタクシーに乗った。