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なにわ太郎のつぶやき日記
〜カウンタの回る法学研究所〜
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07年01月の日記

2007年 2007年1月1日(月)
2007年が始まる。

お雑煮をいただく。近所の神社に初詣。

いただいた年賀状を拝読。まだ、年賀状は1枚も書いていない。

カナダ・オンタリオ州の判決を読む。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月1日(月) 曇り、寒い。 寒いので、終日、ホテルにこもり、日本の新聞、テレビを楽しむ。

 新年2日目 2007年1月2日(火)
箱根駅伝を見ながら、オンタリオ州の判決を読む。

大学スポーツと関西お笑いの好きなわたしには、幸せなお正月。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月2日(火) 曇り、寒い。メトロでオペラ座近くへ。買い物。フォーションで昼食。

ホテル近くで、駐車中の車の中から、男性3人が身分証明書らしきものを示しながら、「警察だ!」と叫びかけてくる。一瞬、ビックリしたが、なんか様子がおかしい。

警察官だと言いながら、車から降りてこない。そこで、3人の顔を覗き込む。うーーん、バングラディッシュ系の胡散臭い顔つき。

ニセ警察官だとピンとくる。フランスで暮らしていて、君らのような態度の警察官にはお目にかかったことがないよ。

「英語がわかるか?」と聞いてくる。「フランス語がわかるか?」と言い返す。日本人観光客をカモにしようという魂胆なんだろうが、ご苦労さん。その程度の演技力では、ダメだよ。

「FTM日本」51号 2007年1月3日(水)
箱根駅伝を見ながら、お雑煮をいただく。

「FTM日本」51号を読む。「継続は力なり」。虎井さんの腰のすわった態度。

虎井さんが新しく立ち上げられるという「オフィス然nature」のご成功をお祈りしています。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月3日(水) 曇り、寒い。 ホテル日航パリで、日本的雰囲気を満喫したので、ホテルをかえる。ヒルトンに移る。ディスカウントしているからである。リッチな気分を味わう。

オフィス然nature 2007年1月4日(木)
「オフィス然nature」は1月1日から始動とか。

場所は、東上野らしい。

それ、どこ?

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11年前の日記inフランス。
1996年1月4日(木) 曇り、寒い。 ヒルトンで朝食。客筋が良い。ゆったりとリッチな気分を味わう。

ストラスブール行きの直行便の出発まで時間がありすぎるので、バール・ル・デュック行きの列車に乗る。

バール・ル・デュック駅構内のレストランで昼食。コーヒーを飲みながら、雑誌を読む。

http://www.barleduc.fr/index.aspx

久しぶりにストラスブール着。

師走は終わったのに 2007年1月5日(金)
師走は終わったというのに、バタバタしている。いろいろな書類作成など、事務的な仕事が多い。

われわれ文科系の学問分野では、机に向かって「書く」という点で、事務的仕事と研究的仕事の(表面上の)区別がつきにくい。

事務的な仕事による多忙な日々を送るうち、独創的な研究を放擲してしまう例が多いとか。文科系の学者に関する研究をしている学者の研究からの受け売り。

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2週間の余裕のある即時抗告は、ぎりぎりセーフだったらしい。裁判所が休んでましたからねー。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月5日(金) 曇り、寒い。 朝、ブラインドを開けると一面の雪化粧。大学へ。休暇中にたまった大量の郵便物を受け取る。

パリのM氏から電話。近々にストラスブールにお越しになるよし。

帰宅後、夕方、スーパーで大量の買い物。

いただいたクリスマスカードの整理をする。深夜までかかる。



今日も、事務作業 2007年1月6日(土)
ミスなく、ミスなく。

内容は、ほとんど考えなくてもよい。ただ、ミスしないように。そればかり考えている。

どうも、この手の作業が苦手。わたしは、ミスが多いのである。子どもの頃から、列車の運転手や、パイロットや、踏み切り番や、外科医や、銀行員になろうなんて考えたこともなかった。

事務作業は神経が擦り減る感じがする。まだ、しばらく事務作業が続く(予定)。いやだ、いやだ。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月6日(土) 曇り、寒い。 午後、仏独国境を超える。ドイツの薄いコーヒーを飲むためである。めずらしく、国境警備隊員がチェックをしている。しまった!今日は、パスポートを携帯していない。

スキーウエアー姿のわたし。どうかな?。呼び止められるかな? 顔をじっと見つめられる。ポケットに手を入れて、パスポートを出す真似でもした方がいいのか?。内心、緊張する。今さら、ドイツ語のわからない日本人観光客の真似をするわけにもいかないだろう。

「オーケー」と言われ、ほっとする。異邦人としてウロウロ歩くと、この程度のことは、まあ、仕方ないか。

再度、フランス側に帰ってきて、帽子屋さんへ行く。この前買ったばかりのロシア風の防寒帽は、強風の日に吹き飛ばされ、川に落ち、流されてしまったのである。今度は、ハンチングを買う。

頭が大きく、日本ではサイズが合わないことが多いわたしだが、ヨーロッパでは帽子探しが容易。うれしい限り。

風邪ぎみ。 2007年1月7日(日)
夕方から、少し風邪ぎみ。早めに寝ることにしよう。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月7日(日) 曇り、暖かい。 ギリシャ正教では、今日がクリスマス。

カトリックでは、今日は公現祭(Epihanie)。Jours des Roisともいう。東方の3博士(des Rois)がイエスの誕生を知ってお祝いにやって来た日。このことによって、イエスの誕生が広く知られるようになったので、公現祭という。

そらまめ(フェーヴ、幸運の印)が1個だけ入ったお菓子(Galette des Rois)を皆で食べる。ソラマメ入りの部分が当たった人が王様または女王様になり、冠をかぶる。他の人たちは、それをい祝って乾杯するのが習慣。

事務作業から掃除へ 2007年1月8日(月)
事務作業を一応終える。

続いて、年末にやり残した掃除をする。大掃除というほどではなく、小掃除といったところ。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月8日(月) 久しぶりの快晴、とても暖かい。 春のような感じ。昼間暖かすぎたためか、夕方になって深い霧がでる。

夜のテレビで、ミッテラン前大統領の死を知る。死因は、前立腺ガンとか。各局、追悼番組一色。 

尾中賞候補作リストが届く。 2007年1月9日(火)
尾中賞事務局から、昨年一年間に発表された候補作リストが届く。候補作品は約1000。

わが国の家族法学は、隆盛の極み。わたし一人くらい、家族法学から、スポーツ法学に移行してもいいか。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月9日(火) 晴れ、とても暖かい。 いつもの新聞屋に立ち寄ると、主要な全国紙はすべて売り切れ。ミッテラン前大統領死亡記事のせいだろう。

夕方、自宅アパートに帰ってくると、付近一帯すべて停電。多数の住民が外に集まり、大騒ぎ。

パン屋に立ち寄り、パンをかじりながら、大学の研究室に引き返す。大学は停電していない。

数時間後にもう一度、帰宅。停電騒ぎは終わっていた。


尾中賞候補作リストその1 性指向問題関係 2007年1月10日(水)
斎藤豊治・青井秀夫編『セクシュアリティと法』東北大学出版会
ジョージ・チョーンシー著/上杉富之・村上隆則訳『同性婚ーゲイの権利をめぐるアメリカ現代史』明石書店
尾辻かな子「同姓パートナーの法的保障を考える全国リレーシンポジウム」ピ−プルズ・プラン34号
斎藤笑美子「性的指向と人権ーフランスにおける同性間婚姻論議」一橋法学5巻2号
西倫子「同性愛者の難民妥当性(1)」大阪大学大学院国際公共政策研究11巻1号
松倉耕作「スイスにおける同性婚の公認(上)−2007年1月1日施行法の概要について」戸籍時報607号
山下純司「カナダにおける同性婚訴訟と法学教育」学習院大学法学会雑誌41巻2号
ローラン・エリック「アジアにおける同性愛者の人権(1)〜(3)」岐阜経済大学論集38巻3号、39巻1号、39巻2号

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11年前の日記inフランス。
1996年1月10日(水) 曇り、暖かい。 社会党が呼びかけ、パリのバスティーユ広場でミッテラン前大統領の追悼式。バスティーユ広場は、フランス革命の発端となった土地で、社会党にとっては14年前の大統領選挙の勝利を祝った場所。バスティーユの新オペラ座は、ミッテランが計画して完成。

バーバラ・ヘンドリックスが「さくらんぼの実る頃(le temps des cerises)」を歌う。

 戦前のバンクーバーの野球チーム 2007年1月11日(木)
後藤紀夫「日系カナダ移民とスポーツーー『ヴァンクーヴァー朝日』に聞く移民史」多文化共生研究年報第2号34頁を読む。

http://www.geocities.jp/kyouseinagoya/mypage1.htm
http://www.geocities.jp/kyouseinagoya/tabunnka.htm

この雑誌は、名古屋多文化共生研究会が発行しているもの。後藤氏は、元中部日本放送のアナウンサーで、カナダの日系人の野球史にお詳しい。

戦前のカナダのバンクーバーには、日系人の野球チーム「朝日」があった。1914年に誕生し、1941年に幕を閉じた。

1941年までに一軍登録された74人が、2003年6月28日、オンタリオ州セントメリーズにあるカナダ野球殿堂入りをした。当日、生存していたのは10人、出席できたのは5人。

http://www.baseballhalloffame.ca/inductees.html

後藤氏が、関係者をたずねてカナダ全土を歩き、インタビューされた結果をまとめられたのである。まさに労作である。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月11日(木) 曇り、暖かい。 パリのノートルダム寺院でミッテラン前大統領の国葬。

カトリック教で国葬かい。おいおいライシテ(=世俗性原理)はどうするのだい。イスラム教徒の女生徒がスカーフを着用して教室内に入るのを、ライシテから禁止しているのに。。。誰も批判しないなあ。

同じ時刻に、故郷のシャラント県ジャルナックでは家族と友人だけの葬儀。

前大統領の家族は、奥さんのダニエルと2人の息子。1994年になって、アンヌ・パンジョという愛人がいて、マザリンという娘を産んでいることが発覚。

愛人とその娘も葬儀に出席。テレビカメラはこの2人を大きくクローズアップ。

 今年1月1日施行のスイスのパートナーシップ法 2007年1月12日(金)
松倉耕作「スイスにおける同性婚の公認(上)−2007年1月1日施行法の概要について」戸籍時報607号58頁を読む。

松倉氏は、名城大学法科大学院教授で、日本におけるスイス家族法研究の第一人者。第二人者はいるの?

「同性婚」というのは誤解を招く表現である。ドイツ語では、partnerschaftであり、同性パートナーシップ法とでも訳するのが良いように思う。

2004年5月28日に制定された法律が、スイス独自の手続きを経て、2007年1月1日から、やっと施行されるようになったのである。

ドイツのパートナーシップ法と比較すれば、氏(うじ、苗字のこと)に関する規定がないようである。

松倉論文から、スイス留学中の体験を記した箇所を引用。「1979年7月、……連邦議会前の広場で、何やら集会が開かれていたので近づくと、一人の青年がパンフレットを手渡してくれた。……いわゆるホモセクシュアルの人達が自分たちの存在を公認することを求める集会であることがわかった。足早にその場を離れたことを記憶している」(59頁上段)。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月12日(金) 曇り、暖かい。 夕方、アレクサンドル教授がいらっしゃる。ストラスブール大学の国際交流部門の担当である同教授は、近く、学長と一緒に日本に行くとのこと。日本の大学事情などについて質問される。

かなり長時間、話し込んだ。


敬老テニス? 2007年1月13日(土)
77歳の税理士さんとテニスをする。脚の速さを褒められる。うーーん。まあ、77歳のあなたよりは脚が速いですが。。。

77歳になっても、テニスができるなんてすごい。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月13日(土) 晴れ、とても暖かい。 午後、ドイツのバーデン・バーデンに行く。

パリ発ウィーン行きのモーツァルト号に乗る。ストラスブール駅の駅員が間違えて、夕方の便の切符を発行。駅員のミスは毎度のことなので、抗議もせず、そのまま乗る。

ドイツ人の車掌に説明する。「ご存知のとおり、フランス人の駅員は、いつもミスをしますので。。。」

http://www.baden-baden.de/de/index.html

バーデン・バーデン駅から、街の中心部までは、かなり遠い。暖かいので、駅前で買ったソーセージを食べながら歩く。金持ちらしき老夫婦が散策している。きれいな街並み。

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11年後の余談。 アメリカ暮し中のプロ野球の田口選手が、アメリカ暮らしの秘訣を尋ねられらて答えたこと。「アメリカ人の店員は、いつもミスをしますが、それにイライラせずに、暮らすこと」。

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店員・社員・駅員のミスが報道されるのは、日本だけ?。フランスじゃ、そんなこと報道していたら、新聞の紙面はミスの記事で溢れかえることになるのじゃないかな。列車が、線路を間違えるなんて日常茶飯事。

パリ発ストラスブール行きの列車がよそに行きそうになった。そんな列車に乗ったことがある。一言のお詫びのアナウンスもなかったし、新聞記事にもならなかった。

台湾の新幹線はフランス人の運転手が運転中とか。。。。コワー。

韓国プサンの地下鉄は、パリ風。なんじゃらほい。プサン人は、パリ好き?


終日、お勉強。 2007年1月14日(日)
終日、お勉強。夕方、寒いなか、徒歩で散髪へ。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月14日(日) 曇り、暖かい。 終日、お勉強。洗濯に行くのを忘れる。

在日ブラジル人の子どもたちの直面する問題 2007年1月15日(月)
ナカガワ・キョウコ「サンパウロにおける日系人の子どもと青少年ーー出稼ぎに巻き込まれた子どもたちに何が起きたか」多文化共生研究年報第2号17頁を読む。

わたしは、大阪日本ポルトガル協会の会員であり、ポルトガルには少しは興味をもってきた。ところが、同じポルトガル語を公用語とするブラジルにはほとんど興味がなかった。野球、アイスホッケーなどが好きで、サッカーに興味が薄いからであろう。

ナカガワ氏の論文を読み、ブラジル系日系人の子どもの直面する問題について少し関心を持つことができた。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月15日(月) 曇り、寒い。 法学共同研究室で、ミッテラン前大統領の国葬問題(ライシテ原理=世俗性原理)について議論をする。

シムレール教授から、「アルザス地方法研究所」があることを教わる。関係資料を貸してもらい、コピーして返す。



尾中賞候補作リストその2−GID関係 2007年1月16日(火)
佐倉智美『性同一性障害の社会学』現代書館
田中玲『トランスジェンダー・フェミニズム』インパクト出版会
小野幸二「性同一性障害特例法における性別適合手術と戸籍の変更」産婦人科の世界58巻3号
金祥洙「性転換による戸籍訂正の可否(上)(下)」国際商事法務34巻8号、9号

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11年前の日記inフランス。
1996年1月16日(火) パリで在外研究中のM氏がストラスブールに来訪。ストラスブール駅で会う。10年ぶりくらいの再会。

M氏は、民法・フランス法の若き論客であったが、山陽地方の某短期大学教員になられてからは、学会や研究会にはお越しにならなくなってしまった。

ずいぶんと遅く地元の女性と見合い結婚をされたとかで、若い奥さんと幼稚園の息子さん1人とご一緒。ご子息は、大変しつけが良い。

ホテルまで行き、その後、市内の近場の観光名所を案内する。夕食は、ストラスブール名物のシュークルットを食べる。少し、フランス語がおわかりになるようなので、特に通訳はしないでおく。

黙祷 2007年1月17日(水)
震災から12年。黙祷。

某市役所での講演の件 2007年1月18日(木)
某市役所職員がご来訪。市役所職員の皆様向けの講演を依頼される。承諾。打ち合わせ。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月18日(木)曇り、寒い。 タクシーで、やや遠出をして、M氏ファミリーの観光案内。

午後、ストラスブール駅で、パリに帰るM氏ファミリーと食事をしながらダベる。

ご家族全員が、飛行機に乗ったのも、ヨーロッパに来たのも今回が初めてとのこと。M氏ファミリーにとっては、人生の最大のイヴェントなんだろうなあ。 

ストラスブールでの良い思い出を持って帰ってほしいものである。

ケベック債権法のお勉強。 2007年1月19日(金)
ケベック債権法の勉強。この分野は、面白すぎて、運動不足になる。夜は韓国語のお勉強。その後、夜遅く列車で移動。

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明日は、終日、「無言の行」をする予定なので、日記の更新なし。

明日の夜のこの集会に間に会うのかな?
http://white.ap.teacup.com/korminor/16.html

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11年前の日記inフランス。
1996年1月19日(金) 雪、寒い。 共同研究室で、助手の女性とおしゃべりを楽しむ。

終日、無言の行。 2007年1月20日(土)
終日、無言の行。最後は、英語を聞きながらの無言の行。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月20日(土) 曇り、寒い。 午後、列車で近くのドイツのカールスルーエに行く。トルコ人の団体さんと一緒の車両に乗り合わせる。かなりやかましい。

寒い中、カールスルーエ市内を観光。夕方、ストラスブールに帰る。

昨日の疲れをとる。 2007年1月21日(日)
昨日の疲れをとる。その後、ケベック債権法の勉強。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月21日(日)晴れ、暖かくなる。 ドイツのテレビを見ながら、ドイツ語の勉強。夕方、洗濯に行く。



名古屋テレビ夕方のニュース番組 UP! 2007年1月22日(月)
名古屋テレビ夕方のニュース番組 UP!
明日の火曜日(23日)、夕方6時17分より
http://www.nagoyatv.com/up/

番組紹介では、「1月23日(月)」となっているが、「23日(火)」が正しい。

名古屋テレビのホームページに載っている写真から判断すると、水野さんが出られるようである。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月22日(月) 曇り、寒い。 大学でたくさんの郵便物を受け取る。

ピエール神父の死 2007年1月23日(火)
今朝の朝日新聞で知ったのであるが、昨日、フランスのピエール神父が亡くなったそうである。

フランスでは大ニュースである。
http://fr.news.yahoo.com/photos/070122120941.goqt9gdt-photo-l-abbe-pierre-repond-aux-questions-des-journaliste.html

ピエール神父はこんな人である。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Abb%C3%A9_Pierre

フランスで暮らしていたとき、ホームレス問題とか、不法滞在者の問題などで活動しておられる姿をテレビでよく拝見していた。フランスでは、ホームレスや、不法滞在者が、冬の間、集団で空きビルを違法に占拠して住むというようなことをする。

最終的には、警察隊が出動して排除するということになるのであるが、そうすると、アベ・ピエール(ピエール神父)の出番である。白いひげを伸ばし、サンタクロースのような穏やかな顔をしたアベ・ピエールが占拠者たちと一緒に生活を始めるのである。

神父は国民的人気があり、警察としても、同神父を強制的に排除する様子をテレビで報道されるのを望まないのである。こうして、警察隊の実力行使が徐々に遅れるということになる。その間に、政治的な妥協がはかられ、行政側も譲歩せざるを得なくなる。

まあ、こんな感じである。法律家のわたしには、違法活動、違法行為でも、断固として、かつ、平然として支持する同神父の行動力は驚きであった。また、そうした行動をする同神父を、フランスの国民世論がかなり支持しているという点が、もっと意外であった。

神父は、その長い人生の間(享年94)に、数々の事故・事件に遭遇し、九死に一生を得るというような劇的なことの連続であった。それがまた、同神父の神話的人気の源泉でもあった。ご本人の言葉。「わたしの人生は、若死にしたいということを神に祈る人生であった。しかし、ご覧のように、この願いはかなわなかったのです」。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月23日(火) 夕方、中心街へ買い物に出かける。帰り道、もう10か月もこの街で暮らしながら、バスを乗り間違える。途中から、雨が凍結し、路面が歩きにくくなる。

夜のテレビによれば、ムルロワ環礁で放射能が検出されるというニュース。例によって、「たいしたことはない」という政府発表を伝えるだけ。フランスのマスコミの根性のない態度は、いつものこと。

『パートナーシップ・生活と制度』 2007年1月24日(水)
杉浦郁子ほか編著『パートナーシップ・生活と制度』(緑風出版、税別1700円)をいただく。編者のお3方を含め、合計18人で執筆された本である。いろいろな意味でのお知り合いの方が多い。

法学研究者の執筆者は、五十音順で、大島梨沙氏、大村芳昭氏、斎藤笑美子氏、鈴木伸智氏、谷口洋幸氏、田巻帝子氏の6人。大村先生を除けば、若手研究者ということであろうか。この分野の未来は明るい。少なくとも、もはや、わたしのような老兵が関与すべき分野ではなさそうである。

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冤罪

知人から、冤罪に関する資料をいただいたのがきっかけで、私法研究者としての枠を超えて、ちょっとだけ、冤罪に関して調べてみる。

身近なところにも、冤罪のにおいのする刑事事件が多いことに気づく。

この問題は、刑事訴訟法を専門とする皆様の担当すべき分野だろうと思って、私法研究者としては、関心を封印してきた。しかし、どーも、これでは、日本は冤罪大国なのじゃないだろうか。うーーーん。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月24日(水) 曇り、寒い。 昨夜の雨が凍り、きわめて歩きにくい。カナダの方がはるかに楽。 

冤罪の調査 2007年1月25日(木)
終日、冤罪の調査にはまる。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月25日(木)終日、粉雪。 積雪量は数ミリ。 シラク大統領が地方遊説。青年男性のみに課されてきた兵役を止めるという計画を発表した。今後は、軍隊は志願者だけで編成し、他方、非軍事部門での活動(警察、消防、ボランティア、病院での看護、発展途上国での援助など)への参加を求めることにする。そして、男女平等にする。

冤罪関係の資料を読む。 2007年1月26日(金)
徳島ラジオ商殺し事件
こどもの頃から、地元の新聞にたびたび取り上げたられた事件である。犯人とされた女性の死後、再審で無罪。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/tokusimajiken.htm

甲山(かぶとやま)事件
犯人とされた女性が徳島出身のため、地元の新聞でも、大きく取り上げられた。最終的には無罪判決。
http://www.jca.apc.org/kabutoq/index.html

以上はかなり古い事件である。次の事件は、かなり新しいものであり、かつ、まだ冤罪であることが明らかになっているわけではない。

東住吉事件
わたしがフランスに住んでいた頃に発生した事件であり、ごく最近まで知らなかった。
http://www.jca.apc.org/~hs_enzai/
最高裁で有罪判決が確定し、犯人とされた2人は服役中である。再審開始まで持ち込むのが大変だろう。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月26日(金) 曇り、時々雪。大寒波。 最高気温マイナス1度。最低気温マイナス4度。歩道が凍結して歩きにくい。

各地で歩道上で滑って骨折する人が続出。

フランスの一部の中学校、高等学校の先生たちが、生徒の先生に対する暴力に抗議して、ストをしている。

荒れた学校関連ニュースでは、「ラケット(racket、男性名詞)」という単語がよく登場する。アメリカ英語からの借用語のようである。ゆすり、たかりを意味するようである。テニスのラケット(raquette、女性名詞)と発音は同じ。


アルザス料理 2007年1月27日(土)
大阪日仏協会の行事で、フランスの地方料理を食べる会がある。今回はアルザス料理。

辻調理師学校で、料理の実演を見せてもらい、アルザス料理をいただく。アルザスに住んでいたときに食べたことのあるものは少ない。

戦前のパリに住んだことがあるという老婦人とテーブルが一緒になり、戦前のパリの話を聞く。わたしの方は、アルザスの話をする。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月27日(土) 晴れ、暖かい。 フランスの山間の小さな村で、原因不明の火事が頻発し、科学者たちが集まって、原因究明のための努力を続けている。漏電説が有力。

パリで、ココアがブームとか。

大阪女子マラソン 2007年1月28日(日)
長居陸上競技場で、大阪女子マラソンを見る。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月28日(日) 晴れ、寒い。 横井英樹(現在、日本で服役中)の娘が、フランスの由緒あるシャトーを買い、内部の絵画・調度などを売り払って逮捕される。文化財保護の観点から、フランスでは大騒動。 

新幹線に乗ってウロウロ 2007年1月29日(月)
終日、新幹線に乗って、各地をウロウロと放浪。新幹線の某駅ホームでは、外国の若者が英語の話術、ギター、歌を披露している。あまり、ウケてはいない。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月29日(月) 晴れ、寒い。 フランスの競馬事情。昨日、フランスの有名な競馬レースである「アメリカ賞(プリ・ダメリック)レース」が行われる。これは、トロの最高の賞で、賞金は4百万フラン(当時のレートで約8千万円)。

馬の背中に騎手が乗るタイプの競馬(日本では普通の競馬)は、ギャロ(galop)という。これに対して、トロ(trot)は、馬に超軽量の馬車を引かせて、その馬車の上に御者が乗る。このタイプの競馬は、ケベックでも見たころがある。日本では、この種の競馬はないように思う。古代ローマ風の競馬である。

トロでは、横一直線でスタートするのではない。競艇風のスタートであり、スタート前から、常に動いている。そして、良いスタート位置を奪い合って、駆け引きをするのである。

配当は、馬番3連勝単式で、6フランで951フラン。馬番3連勝複式で6フランで477フラン。馬番4連勝単式で8フランで2880フラン。馬番4連勝複式で8フランで360フラン。馬番5連勝単式で10フランで116250フラン。馬番5連勝複式で10フランで2325フラン。

以上、フランスのテレビ・新聞からの受け売り。実際には、フランスで馬券を買ったことはない。

淀屋橋にて 2007年1月30日(火)
友人と淀屋橋で会う。しばし、情報交換。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月30日(火) 快晴、寒い。 国際交流担当のアレクサンドル教授来訪。日本のT大学との交流協定についてアドバイスを求められる。

某市役所にて 2007年1月31日(水)
市役所の職員の皆様にお話をさせていただく。

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11年前の日記inフランス。
1996年1月31日(水) 快晴、暖かい。 雲ひとつない。温度、急上昇。このまま、春になってほしい。

nik3.13